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2023.1.10
結晶性のナノ繊維を骨格とした3次元構造を有し、その構造を強固に固定するように芳香族ポリマーが充填した生分解性の多孔質材料。さらに、光合成による成長過程で二酸化炭素を吸収・固定し、持続的な再生産体制をも構築可能。
なんとも近未来を彷彿させるこの材料について、皆さんは知りたくありませんか。
世界的に二酸化炭素の削減や循環型社会の実現に向けて新素材および生産体制の開発が進むなか、先述した材料はまさに現代の救世主と考える人もいるのではないでしょうか。
この材料の正体、実は「木材」なのです。
古くから親しみがあった私たちにとって、木材は身近な存在であるがゆえに、そのポテンシャルに気付くことがなかったのではないでしょうか。しかし、近年、顕在化した地球環境問題を解決する糸口として、あらためて木材が注目されるようになりました。
特に木材の「軽くて強い」という材料特性の根幹を担う、結晶性バイオナノ素材ことセルロースナノファイバー(CNF)に関心が集まっています。
そこで今回は、次世代材料として呼び声も高いCNFについて、その用途先や製造企業、デメリットなどについて詳しく解説していきます。
目次
CNFとは、簡単にいうと木材や植物などのセルロースを主成分とする細胞壁をナノレベルまで微細化した材料です。一方で、CNFは幅が3nmのセルロースミクロフィブリル(セルロースナノファイバー分子鎖の束)を基本単位としています。下図は、木材組織を細分化した模式図になります。木材組織は主にセルロース・リグニン・ヘミセルロースの成分から構成されており、CNFはセルロースを解きほぐした結晶性の繊維について論じられることが多いです。また、セルロースは地球上で最も存在する炭水化物のため、木材以外の天然由来CNF、例えば竹、稲わら・麦わら・もみ殻、農業残渣(野菜くず、茶殻、みかん皮 など)、草本類(ススキ など)、海藻などからも生成可能です。
参考:環境省
CNFの製造方法は主に以下の2段階に分かれています。
セルロースの精製処理は、化学的または酵素的な処理によって木材からセルロースを単離させます。その後、セルロースをナノ化するために解繊処理を行い、CNFを製造していきます。解繊処理は機械的処理や化学的処理など様々な方法が開発されているため、詳しくは以下の表を参考にしていただければと思います。
出典:環境省
また、化学的な解繊処理で非常に画期的であると評価されているTEMPO酸化法は、アジア初のマルクス・ヴァーレンベリ(MW)賞(通称:森のノーベル賞)を受賞した製造方法になります。これは機械処理では解繊困難であったセルロースミクロフィブリル同士の水素結合を、表面をイオン化することによって結合を弱めたあと、物理的な方法を駆使して解繊する方法になります。この解繊処理により安定的に単一のミクロフィブリルを取り出すことができるようになりました。
CNFはセルロースが持つ再生可能資源、生分解性、化学的・生体的安全性といった特徴を持つだけでなく、ナノ化によって透明性や高強度・高弾性率といった工業的に優れた機能を有しています。特にCNFの機械特性においては、強度が鉄の5倍なのに対し重さが鉄の1/5です。
CNFは様々な業界から期待を寄せられています。もちろん優れた機械特性を有することから工業用途への期待は高まるものの、化学的・生体的安全性といった面から食品にも用途が見出されています。それでは、紹介していきます。
自動車において燃費向上、CO2排出量削減につながる要因の一つに部材の軽量化があります。その軽量化の鍵を握っているのが自動車部材の樹脂化で、様々な方面から開発がされています。現在、自動車に多く使われている樹脂はポリプロピレン(PP)で、低密度かつ加工性に優れているとして期待されている一方、PP単体では十分な強度が確保できないとして課題とされていました。
そのためPPには、フィラーとしてガラス繊維などが添加され補強されていましたが、CNFはその代替としての可能性を秘めているとされています。実際に自動車の部材にCNFを使用した研究開発にて16%の軽量化と11%の燃費改善が図られました。
他方で、親水性のCNFを疎水性のPP樹脂に直接混合させても分離してしまうことから、さらなる研究開発が進められています。
参考:日刊工業新聞
CNFは粘性や保水性といった増粘剤に適した特性を持っていることから、水産練り製品や食肉加工品、冷凍食品など様々な食材加工製品に利用されています。また、ソバ麺にCNFを添加する技術の有用性も期待されることから、その用途は技術進歩とともに徐々に利用の裾野を広げています。
参考:あなたの静岡新聞
一般的に天然多糖由来の増粘剤は曳糸性がありベタついた仕上がりになりますが、CNFは曳糸性をほとんど示さずさっぱりとした感触が得られます。このような特徴を活かした化粧品もCNFの用途として開拓されています。
株式会社コーヨー化成が展開する化粧品「barairo」は、静岡県産のバラの花を蒸留して得られるローズ水にCNFを添加した商品を規格化しています。このローズの香りと保湿効果の高い化粧品は、静岡県内のバラ農家や行政、研究機関と共同して開発されました。
参考:barairo
日本一竹林面積が大きい鹿児島県では、竹のCNFを使った樹脂サッシの開発、実装が進められています。試作検討の結果、竹CNFを添加した樹脂サッシは、樹脂単体と比較し曲げ弾性率30%以上の向上、そして、熱貫流率も既存樹脂サッシと同等以上の成果が得られました。また、アルミサッシと比較して冷暖房の貫流による熱負荷が30%削減できるとし、室内の温熱環境改善効果も期待されてます。
参考:NCP
他にもCNFのようにナノメートルのスケールまで解繊しなくとも、内装の塗り壁原料に木粉を混ぜて室内の温熱環境を改善する用途もあります。
気になる方は、下の記事もご覧ください。
食品から建材、化粧品に至るまで様々な分野から期待を寄せられるCNF。この章では、そんな次世代の素材として活躍が見込まれるCNFを製造している企業を紹介します。
第一工業製薬ではCNF製造方法の章で紹介したTEMPO酸化法によってCNFを製造し、「レオクリスタ」として販売しています。レオクリスタの特徴は以下の3つになります。
これらはCNFの特徴を活かし「顧客のニーズに合わせた製品開発」の旗のもと、より使いやすいCNFを目指した第一工業製薬の特徴ともいえるでしょう。
参考:第一工業製薬株式会社
日本製紙グループはこれまで化成品・機能性材料を通じて、木材の成分を無駄なく利用する素材を生み出してきています。溶解パルプはじめバイオエタノール、バイオプラスチックなど化学変性技術へと応用範囲を拡大を図ってきました。
その中で最も力を入れているのがCNFの実用化に向けた取り組みで、カルボキシメチル(CM)化CNF・TEMPO酸化CNFの量産機やCFN実証機、CNF強化樹脂実証機など全国に機械を導入しています。
参考:日本製紙株式会社
各企業がCNFの製造に鎬を削り、その用途開拓が各方面で進められる中、CNFを取り巻く現状やその将来はどのようになっていくのでしょうか。
世界におけるCNFの生産量は、2020年および2021年は57t、2022年には80tと見込まれています。2022年における出荷金額は72億円とされ、2030年には258億円に達すると予測されています。生産量および出荷金額ともに増加傾向にあり、化粧品や食品、塗料などに採用される事例も増えています。
一方、国内メーカーが保有するCNF製造機では年間1,000tを超える生産能力であり、稼働率は10%にも至っていません。そのため今後国内では、CNFの生産量を拡大させ設備稼働率を上昇させることが必要となってきます。
参考:株式会社矢野経済研究所
CNFの性能を鑑みるにその用途先は今後ますます多岐に渡っていくと思われます。CNFが初めて商業利用されてから7年が経過し、その有用性が検証されていくなかで新たな製品も誕生していくことでしょう。
一方で、国内の量産体制の整備に足踏みしている点が気になるところです。また、後述しますが価格や単体で実用可能ではないといった課題も残されています。
しかし、世界的には今後の成長が見込まれる市場でもあるので、先述した点を払拭できるのであれば、国内においてもかなり将来性があるといえるのではないでしょうか。
前章でも触れましたが、CNFの普及については課題を解決しなければならないことも多く、先見性のある市場ではあるものの用途開発・実装には時間を要します。本章ではCNFの普及の足枷となっている以下の2点を解説します。
CNFの生産コストは約5,000円/kgとされているのに対し、炭素繊維は約3,000円/kg、ガラス繊維は約300円/kgと、生産コストが高いのがデメリットとなっています。CNFの製造コストは研究開発によって大分削減されてきましたが、依然として他の繊維材料と比較しても高く量産化に踏み切れない本質的な課題といえるでしょう。
製造コストが高くなるがゆえ、その販売価格も高くなるのが世の常です。また、販売価格を下げるには大量消費先を見つける必要がありますが、現状は少量のCNF添加が中心のためなかなか量産効果が得られないというのも課題として挙げられます。
価格に加えCNFの問題として、単体として成立しない素材であることが挙げられます。すなわち、工業製品においてCNFはプラスチックやゴムといった石油製品の補強・軽量化がメインであり、本当にCO2の削減に寄与できるのかという意見もあります。
これについては未だ議論の余地があり、今後の見解が待たれるところです。
本記事では次世代材料として注目されるCNFについて解説しました。木材由来で多くの可能性を秘めた素材であり、サーキュラーエコノミー・バイオエコノミーに基づく大型の産業資材にもなり得るかもしれません。
一方、今後解決すべき課題も残されていることから、まだまだ発展途上の市場でもあります。そのため、CNFの新製品開発や生産体制の整備、価格など今後の動向に気を配っていくことが、もしかしたら地球環境問題解決の糸口となるかもしれません。
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